死に急ぐ若者たちへのメッセージ

  • 2017.11.12 Sunday
  • 08:11

    死に急ぐ若者たちに向け、有効なメッセージはないのだろうか。最近そんなことを必死で考えている。きっかけは、神奈川県座間市のアパートで9人もの若者の遺体が発見されるという痛ましい事件が起きたこと。報道によれば、恋人を探して殺害された男性を除く8人の女性は、いずれも自殺を考え、SNSの書き込みを介して犯人の男性と知り合い、「一緒に死のう」との呼びかけに答え、男性宅を訪ね、殺害された可能性が高いという。


   政府はインターネットの書き込みが事件を招いたことを重視し、再発防止策を早々に打ち出す方針を固めたという。首相官邸で開かれた関係閣僚会議で出た案は、自殺志願者を探す手段として悪用されたSNSについて、不適切な書き込みの削除などを強化するといった内容と聞く。あわせて自殺願望を発信する若者の心のケア対策の充実も指示する方針という。


   事件の報道を聞いて、私は昔のことを思い出した。24歳の時に出版した私の著書『若者よ、なぜ死に急ぐ』は、実際に亡くなった13人の若者たちの人生を取材してまとめたものだ。この本のことを思い出したのだ。


   この本を書いたきっかけは、当時も若者たちの自殺がうなぎ登りで、大きな話題になっていたことである。


   WHO(世界保健機関)の調査によると、人口10万人あたりの自殺者は、2015年(平成27年)に日本人では男性が27.3人で世界20位、女性は12.4人で世界8位という。また、WHOの同じ調査で、世界の若者の死因の3位を自殺が占めていることがわかった。厚生労働省の『自殺対策白書』によれば、日本の20〜24歳の若者の死因の50.1%を自殺が占めているとのデータもある(こちらも平成27年度調査)。実は、私が前出の本を書いた1970年代も、状況はよく似ていたのである。新聞は連日、若者たちの自殺を報じていた。当時も日本の若者たちの自殺率は諸外国の中でも、群を抜いて高かったと記憶している。


    私は彼らの自殺が、「受験に失敗して死んだ」「就職がうまくいかず死んだ」「失恋して死んだ」「対人関係に悩んで死んだ」など、わずか10行足らずの記事にまとめられていることに我慢できず、本の執筆を思いたったのだ。


   本を書きたいと思ったもう一つの大きな理由は、私自身が自殺を思いとどまった経験を持っていたことである。若者たちの自殺は他人事に思えなかったのだ。


    忘れもしない。高校3年の18歳の冬、私は夜行列車で四国の足摺岬を訪れた。四国を死に場所に選んだのは、当時愛読していた田宮虎彦の小説『足摺岬』の影響である。小説『足摺岬』は、人生に絶望した青年が足摺岬を訪れるという内容である。高校紛争の闘いに敗れ、大いなる挫折感を味わっていた私は、友人たちが受験勉強に必死になっているのについていけなかった。誰も相談できる友人がおらず、一人死を考えたのである。


    しかし、足摺岬の突端に立ち、太平洋の荒波を目にして、どうしても飛び込む勇気を私は持てなかった。私は、田宮虎彦の文庫本を手に、打ちひしがれて再び夜行列車に乗り、東京に戻った。


    こうした体験を持つだけに、同世代の若者たちの死は他人事に思えなかったのである。残された家族や友人たちを一人一人訪ね、彼らの証言を集めて歩くことで、亡くなった若者たちの無念の思いを世の中にメッセージとして伝えられると考えたのである。

 

    『若者よ、なぜ死に急ぐ』が書店に並ぶや否や、反響が相次いだ。全国から手紙が殺到したのである。インターネットがまだ普及していない当時、手紙は気持ちを伝える有効な手段だった。

 

「今から死にたい」「私の彼氏が死のうとしている」「二人で死のうと考えている」等々、死を考えた若者たちからの手紙が連日束になって届けられた。本には著者の住所は掲載されていなかったが、出版社の住所宛てに届けられた手紙を放置できず、私の意向を聞いて編集者が束を毎回転送してくれたのである。出版社に問い合わせて住所を聞き出し、家出をしていきなり私の家を訪ねてきた若者もいたほど。


    若い著者が書いた本ということもあって、新聞やTVも積極的に話題として取り上げ、さらに反響が拡大した。私は連日各地を飛び回り、若者たちと会い、彼らの悩みに耳を傾ける活動を続けた。「死にたい」という手紙が届いた以上、著者として放置はできない、そう考えたのである。


    会って話を聞くと、皆真面目な若者たちばかりだった。1時間でも2時間でも一緒に悩みに耳を傾けてくれる人間が現れたことが、彼らの行動に歯止めをかける結果となり、結果的に死を未然に食い止めることが出来たのだった。

 

    今回、座間市の事件で犯人の男は、被害者に関して、次のように供述している。


「会ってみたら『話を聞いて欲しい』『寂しかった』と言っていた。本当に死のうと考えている人はいなかった」

 

   これが事実なら、何とも残念でならない。彼らのSOSをきちんと受け止めてくれる人が周りに一人でもいたら、事件の被害にあわなくてすんだ、そう思われてならない。


    足摺岬で死にそこねた私の場合は、ある本との出会いが生きる方向に人生のベクトルを変えるきっかけとなった。それはフランスの作家、ロマン・ロランの大河小説『ジャン・クリストフ』である。どんな試練にも負けず逆行を乗り越え力強く生きて行く主人公の生き方に私は感動した。同小説は耳が聞こえなくなるという困難の中で、第9交響曲を作曲し、「歓喜の歌」を広めたベートーベンをモデルにしている。死ぬことよりも生きることがいかに大事か、私は小説から教えられた。


    「私もかつて死にたいと考えたが、死に切れなかった。生きてさえいればきっといいことがある」

 

   私が若者たちに伝えたメッセージはこれである。『若者よ、なぜ死に急ぐ』の取材を介して、私は何人もの家族の話を聞いた。

 

「なぜ、息子(娘)のSOSのサインに気づかなかったのか。あの時、少しでも話を聞いてあげていたら、死を防げたのではないか、そう思うと悔やんでも悔やみ切れません」


    私は残された親の話も、手紙をくれた若者たちに積極的に伝えて歩いた。親たちが一応にやつれ、死を止められなかった後悔の念にかられていると伝えると、彼らはやはり考えさせられるようだった。


    当時、私が自殺を思いとどめさせた若者たちは、今どうしているだろうか。結婚して子供を育て、皆社会人としてそれなりに時を刻んできたのではあるまいか。

 


    座間市での9人もの若者たちが殺害された事件から、改めて若者たちと寄り添うことの重要性を今の私は痛感している。ブログ読者はどう考えるだろうか。

 

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