鎌倉の文化遺産の活用を目指したい

  • 2017.08.09 Wednesday
  • 21:29

    このブログで鎌倉市が保有する美術品の保全活用を目指したいと記したら、多くの方から反響をいただいた。高田博厚氏や有島生馬氏ら、鎌倉ゆかりの芸術家の200点から300点にものぼる市所蔵の美術品に関して、ぜひ公開してほしい、常設展示する場所を作ってほしい、そうした声が多かった。


   私の手元に「日本遺産いざ鎌倉協議会」が今年3月作成した『いざ、鎌倉〜歴史と文化が描くモザイク画のまちへ〜』 と題した小冊子がある。奥付には、「事務局・鎌倉市歴史まちづくり推進担当」との文字が印刷されている。つまり、鎌倉市の教育委員会が窓口になって作成した小冊子であることがわかる。

 

     この小冊子には、鎌倉大仏(高徳院)はじめ、浄光明寺、寿福寺、覚園寺、瑞泉寺、報国寺、建長寺、円覚寺など、古都鎌倉を代表するお寺が紹介されているだけでなく、旧華頂宮邸、旧川喜多別邸(旧和辻邸)、古我邸、長谷子ども会館(旧諸戸邸)など、鎌倉を代表する歴史的な建物が写真入りで紹介されているのである。

 

     さらに興味深いのは、「鎌倉を深掘り」と題したコラムや「文学者の足跡」と題した囲み記事があり、鎌倉ゆかりの文化人を紹介していること。例えば「貸本屋から大学まで。文化復興を担った鎌倉文士たち」と題したコラムには、次のような記事がある。


「戦後には、文人・学者らも講師を務める『鎌倉大学校』(のちに『鎌倉アカデミア』)を光明寺を仮校舎として開校。自由な人間づくりを目指した学校には、4年間で多くの若者が学びました。暗い時代のなか、鎌倉を愛し、描き、文学都市へと高めた鎌倉文士たち。その自由闊達な精神は、 かつての鎌倉武士の『独立自尊』の矜持そのものといえます。その精神は現代へ引き継がれ、新世代の文学者たちが活躍しています。」

 

    この小冊子は、日本遺産の認定を文化庁から受けた鎌倉市が、市の文化遺産をアピールするために作成したと見てよさそうだ。


    私の手元には、もう一つ『「由比ヶ浜4丁目地区再開発」に対する周辺住民見解(案)』と題する小冊子がある。これは同地区で進められる大規模開発計画の見直しをもとめる地元住民団体の『THINK   YUIGAHAMA』が作成したものだ。


    かつて文化人が数多く集った由緒ある『鎌倉海浜ホテル』跡地にいま、大規模ショッピングモールとマンションの建設計画が持ち上がっている。周辺住民の手で運営されている『THINK   YUIGAHAMA』は、この計画は歴史ある古都鎌倉の景観を壊し、国道134号線をはじめとする周辺の交通渋滞に拍車をかけ、住環境の悪化を招くとして、計画の撤回を求めている。

 

    現地は埋蔵文化財の包蔵地であり、日本遺産と並んで鎌倉市が文化庁の認定を受けた「鎌倉市歴史的風致維持向上計画」の重点区域に位置づけられた場所だ。鎌倉市はこの風致維持向上計画の中で、重点区域について、「歴史的風致維持向上施設の整備や歴史的風致形成建造物の維持管理など様々な事業を実施し、歴史的風致の維持向上を図るとともに、(中略)『歴史的遺産と共生するまちづくり』に関する取組を推進します」と記載している。今回の大規模ショッピングモールとマンションの建設計画が、この歴史的風致維持向上計画に定めた市の方針と真っ向から対立する事柄であることは間違いない。


    前出の『周辺住民見解』と題した小冊子によれば、現地にかつてあった鎌倉海浜ホテルは、もともとは明治17年(1884年)にできたサナトリウムが母体だという。数年後に三渓園の創始者の原善三郎ら横浜の財界人が出資して20室のホテルに改造したのだという。設計者は、鹿鳴館や三菱の創始者岩崎邸などの設計でも知られるイギリス人のジョサイア・コンドルである。大正9年には明治屋社長の磯野長蔵がこのホテルを買収し、「鎌倉海浜ホテル」の名でホテル棟の増築を実施。芥川龍之介は、このホテル前の家の離れの2階に下宿し、『羅生門』を書き上げたと言われている。また、有島生馬は『思い出の我』という作品の中で、「このホテルはコロニアルスタイルのゆったりしたフロアを持つ」と描写している。夏目漱石は小説『こころ』の中で、主人公がホテルをうっとりと眺める光景を描いている。さらに、谷崎潤一郎は『痴人の愛』の中に、「思いきって海浜ホテルに泊まろうかと、そんな空想を描いていたにもかかわらず、その家の前まで行ってみると、先ず門構えの厳めしいのに圧倒されて、長谷の通りを二度も三度も往ったり来たりした」と描写している。


    まさに海浜ホテルは文化人の憧れの施設であったことが、よくわかる。冒頭に紹介した鎌倉市発行の『いざ、鎌倉』にも写真入りで同ホテルのことを記載しても良いのだが、残念ながら市の小冊子には記載がない。

 

    聞けばこの9月にも、大規模ショッピングモールとマンション建設計画の本申請が市に出される運びという。かつて市議会はショッピングモール計画に反対する決議をしている。10月には鎌倉市長選挙が実施される。古都鎌倉の将来を左右するような今回の開発計画に関して、市長選の後まで本申請の手続きを待たせることはできないのだろうか。私はぜひ市にそう申し入れたいと考えている。

 

   前出した住民団体は、計画地に海浜ホテルを復元して再建したいとの見解を提出している。ホテルの周りは公園として整備し、古都の景観と歴史を後世に伝える場所にしたい、そう述べている。公園整備に市の力を提供できるか、前向きに検討すべきであろう。津波災害の避難場所の位置づけならば、国や県の補助金も活用できるはずである。もっともホテル再建となれば、そこにはさらなる財源をいかに確保するかなど、かなり難問が前に横たわっているのは確かだ。しかし、民間の手で復刻したホテルを運営するのもひとつのアイデアであろう。うまくいけばショッピングモールよりも軌道にのるかも知れない。何とか住民の願いをかなえたい、そう願うのは私ばかりではあるまい。鎌倉の文化人の共通の認識ではなかろうか。知恵をいかにしぼるか、古都の将来がかかった課題だと言える。

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